きっかけは一人の高校生の熱意。「幻の石橋」を守り、未来へ。
福岡県の中央部を南北に縦断する遠賀川。その源流近くの山あいの谷間に静かに架かる石橋があります。この橋は、2023年5月に「桑野の梯橋(かけはしばし)」という名称で嘉麻市の指定文化財となりました。その背景には、一人の高校生の熱意があったのです。
今回は、嘉麻市教育委員会生涯学習課の松浦宇哲さんに「~嘉麻市の歴史・文化遺産を活かした文化観光まちづくり~ 「幻の石橋」保存プロジェクト」の経緯と今後について話を伺いました。
高校生の熱意が地元住民や市を動かした
「この石橋は、かつて地図にも載らず、愛好家の間でしか知られていない存在でした。転機となったのは2019年、福岡県立朝倉高校史学部の活動でした。部員がひとりだけという状況ながらも熱心な調査を続けた結果、新聞やテレビに取り上げられ、『幻の石橋』として一般にも知られるようになったのです」と語る松浦さん。
この橋の特徴は、その構造にあります。九州で多く見られるのは、石材を渡る方向に対して横向きに組み上げた「ブロックアーチ型」の石橋ですが、この橋は石材を縦に組んだ「リブアーチ型」という珍しい構造となっています。
地元住民からの保存要望書を受け、市でも独自調査を実施。「構造の希少性に加え、この石橋がかつては往来の多かったこの地域の風土や歴史的な特徴を象徴していることが分かったので、文化財指定に至りました」と当時を振り返る松浦さん。
落橋の危機に瀕して応急保全措置が必要に
しかし、150年以上の時を経た橋は、落橋の危機に瀕していました。橋の本体に大きな損傷はないものの、川岸の岩盤は脆くなり、豪雨災害や地震などの影響で岩盤の崩落が拡がる恐れがあると予想されました。また周辺には木が生い茂っており、大きく伸びた根は脆くなった岩盤の損傷を拡大する要因となるため、その伐採も必要です。
早急な保全措置が求められるなか、嘉麻市教育委員会では石橋の保全に取り組むことを決断。その費用は約800万円と試算されました。
クラウドファンディングにより支援の輪が広がる
財政状況が厳しいなか、応急保全措置費用を確保するために、2024年11月からクラウドファンディングを実施。
「資金調達はもちろんのこと、多くの方に石橋を知っていただく機会となり、嘉麻市のPRにもつながると考えたため、クラウドファンディングに挑戦しました。結果、総額580万2,441円、296名からのご支援をいただけました。最初は不安でしたが、徐々に支援の輪が広がっていき、嘉麻市住民の皆さんがご支援や情報拡散、募金活動といった形で協力してくださったのがうれしかったです」と松浦さん。
支援者の約7割は嘉麻市をはじめとする筑豊地域の人々。この活動を通じて、石橋の存在と価値が広く知られるようになり、地元住民との連携が強まるきっかけにもなりました。
保存活用計画に基づいて石橋を未来へ遺す
応急保全工事はクラウドファンディングと並行して進められ、現在その措置は完了しています。しかし、まだ費用が不足しているため、企業版ふるさと納税での寄付も募っています。
「現在、石橋周辺は民有地に囲まれており、応急保全措置を終えても見学などはできない状況です。今後は石橋の保存活用計画を作成し、環境整備を進めていかなければなりません。地元の方たちの要望も踏まえ、文化財の保存と活用のバランスとる形で、未来につなげていきたいと考えています」と意気込みを語る松浦さん。
歴史・文化遺産が点在する地域をともに守ってほしい
嘉麻市では現在「嘉麻市の歴史・文化遺産を活かした文化観光まちづくり構想」の策定を進めており、石橋の応急保全措置もその一環として行われました。そうした取り組みをまとめた「地域の宝」保存・活用・継承事業についても、企業版ふるさと納税で寄付を募っています。
「石橋の近くを通る国道211号線沿いに多くの歴史的・文化的資産が点在しているので、それらを結びつけて観光資源や教育資源として活用していくという目標ももっております。これらのプロジェクトに対する企業版ふるさと納税の寄付を契機として企業の皆様と嘉麻市との関係が深まり、それが業務の発展につながるなどWin-Winの関係を築けるような未来を思い描いています。そして環境整備ができた暁には、ご支援くださった皆様にも石橋を見にお越しいただきたいと思っています」と松浦さんは語ります。
石橋を守る取り組みは、地域の歴史や文化を次世代に伝えると同時に、地域活性化の大きな一歩にもなっています。
語り手
嘉麻市教育委員会生涯学習課
松浦宇哲さん
自治体 |
福岡県 嘉麻市 |
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